広島高等裁判所 昭和56年(く)16号 決定 1981年9月01日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨及び理由は、弁護人沖田哲義作成の「抗告の申立」と題する書面に記載されたとおりであるから、これをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。
本件抗告記録及び本案各被告事件記録を調査すると、(一)被告人は、(1)昭和五三年一一月二八日恐喝未遂の事実で勾留され、同年一二月一六日同事実と銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実で福岡地方裁判所小倉支部に起訴され、公判係属中の同五四年一月一八日保釈を許可されて(保証金八〇万円)釈放されたが、その後裁判所の定めた条件(住居の制限)に違反したことから同年四月二六日保釈取消、保証金全額没取の決定を受け、同五五年八月五日収監されたうえ、同年九月一二日後記(2)の事件と併合され、現在、山口地方裁判所下関支部で審理を受けていること、(2)昭和五五年八月一四日別紙1の事実(覚せい剤の自己使用)により山口地方裁判所下関支部に起訴されるとともに勾留され、公判係属中の同年一二月一一日保釈を許可されて((1)の勾留をも併せて、保証金一〇〇万円)翌一二月一二日釈放され、現在も同支部で審理を受けていること、(3)昭和五五年一一月二八日福岡県青少年保護育成条例違反の事実で山口地方裁判所下関支部に起訴され(同事実については勾留されていない。)、右(2)の事件等と併合されて、現在、同支部で審理を受けていること、(4)昭和五六年一月九日別紙2の事実(覚せい剤の譲渡)により山口地方裁判所下関支部に起訴され(同事実については勾留されていない。)、右(2)の事件等と併合されて、現在、同支部で審理を受けていること、(5)昭和五六年五月二三日別紙3の(イ)の事実((2)の保釈中における覚せい剤の自己使用)で勾留され、同年六月一一日別紙3の(イ)、(ロ)の各事実((ロ)も覚せい剤の自己使用)で福岡地方裁判所小倉支部に起訴され、同年七月一〇日(2)の事件等に併合されて、現在、山口地方裁判所下関支部で審理を受けていること、(二)(ⅰ)弁護人沖田哲義は昭和五六年七月二四日右(5)の勾留(別紙3の(イ)の事実による勾留)につき保釈の請求をなし、これに対し、山口地方裁判所下関支部は同日刑事訴訟法八九条三号に該当する事由があり、保釈は相当でないとして右請求却下の決定をなしたこと、(ⅱ)その後被告人が公判廷で右(5)の事実を全面的に認め、同弁護人は同年同月二七日右(5)の勾留につき再度保釈の請求をなしたが、これに対し、山口地方裁判所下関支部は翌七月二八日右(ⅰ)と同一の理由で保釈請求却下の決定をなしたこと、(ⅲ)同弁護人は同年八月二〇日右(ⅰ)の保釈請求却下決定に対し通常抗告を申し立てたこと、以上の各事実は記録上明らかなところである。
そこで、右(ⅰ)の保釈請求却下決定(原決定)の当否について検討してみるに(なお、弁護士である弁護人が、裁判所から保釈請求却下の決定を受け、一旦これに不服申立をなすことなく、自ら当該裁判所に再度の保釈請求を行いながら、これに対して請求却下という不利益な決定がなされるや、あらためて先になされた保釈請求却下決定について不服を申し立てる、というようなことは信義則上許されず、かかる意味で本件抗告の申立は著しく不相当なものというほかない。)、前示のとおり、本件勾留にかかる事実(別紙3の(イ)の事実)は別件保釈中における覚せい剤の自己使用であり、同時に起訴された事実(別紙3の(ロ)の事実)はその約三か月後の覚せい剤自己使用であるところ、すでに取調べ済の前記(2)、(4)の事実に関する各証拠によれば、被告人が昭和五五年七月二八日に提出した尿の中には覚せい剤フエニルメチルアミノプロパンが含まれていたこと、右当時、被告人の左右前腕部の各静脈には二週間以内に生じたと推定される注射痕跡が合計一七個も存したこと、被告人は、昭和五五年三月上旬ころ北九州市内で偶々出会った深堀政利から頼まれるや、自己の自動車の内から覚せい剤粉末約〇・八グラムを取り出し、これを深堀の知人の許正校に代金一万三〇〇〇円で譲渡したこと、がいずれも容易に窺われるのであって(尤も、被告人は、(2)、(4)の各起訴事実についても全面的に争っており、これが犯罪事実として最終的に認定されるか否かは別個の問題である。)、これらの事実関係によれば、本件勾留事実が常習として犯されたものと疑うに足りる相当な理由があることは、到底否定できないところである。所論は、「被告人は本件勾留事実を犯していないのであるから、被告人が罪を犯したことを前提として、これが常習性の発現であるとした原決定は違法、不当である。」というのであるが、前示のとおり、被告人は本件事実を犯したと疑うに足りる相当な理由があるとして勾留されたものであり、その後これが起訴され、未だ被告人の陳述を聞いただけの審理段階において、被告人が右事実を否認しているとの一事をもって右嫌疑に消長をきたすものでないことは多言を要しない。所論は採用の限りでなく、被告人に刑事訴訟法八九条三号の事由が存し、本件がいわゆる権利保釈に該当しないとした原決定に誤りはない。そして、前示(一)のような各事案の性質、内容と被告事件審理の全経緯(とくに、被告人には保釈取消、保証金没取の前歴があること)、記録に現われた被告人の年齢、経歴、健康状態、家庭事情等を考慮すれば、本件が現段階において裁量による保釈を相当とする事案とは認め難く、又、刑事訴訟法九一条の事由も認められないところである。
以上のとおりであるから、本件保釈請求を却下した原決定は相当であって、本件抗告には理由がない。
よって、刑事訴訟法四二六条一項により本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 荒木恒平 堀内信明)
<以下省略>